今年8月12日は『中日平和友好条約』締結35周年の記念日にあたる。
中国の元外交部副部長である、徐敦信元駐日中国大使は、新華社記者の電話での特別取材に応じた際、
日本側の指導者が頭をはっきりとさせ、正しく歴史に対応し、大局を重んじて、情勢を誤って判断せず、
中日関係が正常な軌道に戻るために積極的に条件を創造するよう望んでいると述べた。
『中日平和友好条約』は中日間の重要な政治文書4件の中の一つだ。
条約は法律の形式で『中日共同声明』の各項の原則を確認し、中日の世々代々の友好という全体の方向を明確にし、中日関係の長期的な発展の政治基盤を一層強化した。
中日国交正常化の全行程の経験者として、79歳の高齢者である徐敦信元駐日中国大使は取材の中で当時締結した困難な過程を振りかえった。
同氏は、中日双方は1972年に国交正常化を実現したが、両国は1975年初旬になってようやく正式に条約締結への交渉を始めたと述べた。
当時新たに政権の座についた三木内閣は『共同声明』の中の「覇権主義反対条項」を条約に書き入れることを望まず、交渉は順調に行かずに、進展が遅くなった。
1978年8月12日になってようやく締結が合意し、相前後して3年8ヶ月と12日の時間が費やされた。
その間、日本側は三期の内閣交替を経験し、中国側も2世代の中央指導グループを迎えていた。
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